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正解があっても、現場は動かない

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正解があっても、現場は動かない

正解があっても、現場は動かない

2026/10/14

ある生活雑貨ブランドを展開する企業での会議のことだ。短期の売上の底上げが急務という状況で、社長が一つの案を出した。インバウンド客に向けた“わかりやすい”商品を、店舗に試しに並べてみてはどうか、と。大々的にやれと言ったわけではない。試してみたら、というニュアンスだった。

 

ところが、事業部長クラスから次々と反論が出た。デザイナーがそういう商品を作りたがらない。うちの店にそういうものは相応しくない。ブランドが毀損する。どうせやるなら、デザインでひとひねりもふたひねりもしたものを。議論は1時間以上続いたが、誰も対案は出さない。最後は社長が「だったら、もういいよ」と折れ、何の結論もネクストステップも残らなかった。

 

残念ながら、これは特別な光景ではない。規模の大小を問わず、多くの会社で日常的に起きている。

 

先に結論を言えば、現場が動かないのは、正解を知らないからでも、能力が足りないからでもない。人は説得では動かず、自分で効果を実感して初めて動くからだ。だから最初の一押しは、議論で納得させることではなく、小さく試させる仕組みをつくることにある。

 

現場が動かない会社でよく見る4つの光景

 

30年近くさまざまな会社の会議に同席してきたが、現場が動かない会社の光景は、おおむね四つの型に分かれる。会議では反論しないのに、終わったあと何も進まない面従腹背。反論は出るが、対案が出ない。議論が行ったり来たりして、決め切らない。そして、いつの間にか別の論点に移り、当初の議論が流れてしまう。

 

厄介なのは、どの型も、誰かが露骨に悪いわけではないことだ。むしろ参加者の多くは、自分の態度や発言が今の時点ではベストだと信じている。良かれと思って、そうしているのだ。

 

現場が動かない三つの理由

 

「社員の意識が低い」で片付けられがちだが、私は大きく三つの理由があると見ている。

 

一つめは、とりあえず試すという習慣がないことだ。今までのやり方や考え方に馴染みすぎて、試してもいないことを、議論やこれまでの経験、前例だけで否定してしまう。冒頭の会議に欠けていたのも、まさにこれだった。

 

二つめは、議論が下手なことだ。冒頭の会議の論点は、本来「短期の売上を底上げするために、自社店舗で何ができるか」だったはずが、いつの間にかブランドや商品デザインの議論にすり替わった。しかも、話していることが経営の数字にどう効くのかが示されないので、どれほどのインパクトがある議論なのかが誰にもわからない。

 

三つめは、置かれた状況を正しく認識していないことだ。何とかなるという楽観、自分が変えても効果はないという諦め、何をすればいいかわからないという思考停止。形は違っても、危機感が行動に結びついていない。

 

トップが現場を止めてしまう4つの行動

 

ただし、原因は現場の側だけにあるのではない。冒頭の会議も、最後に社長が折れたことで、何も決まらない会議が一つ増えた。

トップの行動で現場を止めやすいのは、次の四つだ。現場の実情を無視した指示を出し、何を変えれば実行できるかを現場と詰めないこと。広い視野と長い時間軸で考えている自分の真意を、丁寧に説明しないこと。すぐに成果を求め、度を越えて方針を変えること。朝令暮改が必要な場面ももちろんあるが、度が過ぎればPDCAは回らない。そして、細部に入りすぎて現場の意欲をそぎ、指示待ちを生むこと。いずれも、現場を表向きは従わせ、実際には動かなくさせる。

 

そして何より、トップ自身が途中で諦め、妥協してしまうこと。これが一番、現場を止める。

 

正解がわかっていても、人は動かない

 

ここまで偉そうに書いてきたが、正直に言えば、私自身も日々この問題に悩んでいる。独立後、コンサルティングのかたわら買取専門店などの事業を自ら経営しているが、我が社の現場もなかなか動かない。

 

説明しているつもりでも、伝わらない。受け身に見えるし、やってみようという気持ちが感じられない。すぐにやってほしいと指示したことが、実行までに1か月以上かかることもある。黙っていても給料が出る社員と、自分のお金でリスクを張っている経営者とでは、見ている景色がまるで違うのだと、改めて日々実感している。

 

買取専門店で、店舗の責任者に集客策として店頭でのティッシュ配りを指示したことがある。どうせ効果はないと思ったのか、まったくやらなかった。ようやく始めたのは指示してから2〜3か月後だった。ところが、実際に来店につながると「これは効果がある」と言って、そこからはきちんと続けるようになった。既存のお客様への営業電話も同じだ。嫌がられたら困るからと頑なにやらなかったが、言い続けた結果、今では毎日少しずつかけていて、一定の成果も出ている。そして成果が出てからは、言わなくても続けている。

 

実はこの話にはオチがある。ティッシュ配りも営業電話も、フランチャイズ本部が効果を認め、マニュアルで推奨している集客策なのだ。正解は、最初から手元にあった。それでも人は動かない。経営の現場とはこういうものなのだと、しみじみ思う。

 

この経験から私が学んだのは、人は説得では動かず、効果を実感して初めて動くということだ。どれだけ正しい理屈を並べても、本人が「これは効く」と体感するまでは動かない。連載の第1回で、情報や分析は誰でも手に入る時代になり、コンサルの価値は人を動かすことに移ったと書いた。足りないのは正解ではなく、最初の一歩を踏み出させる力なのだ。

 

議論を「小さな実験」に変える

 

では、どうすれば最初の一歩を踏み出させられるのか。一つの案は、議論を小さな実験に変えることだ。

 

冒頭の会議に戻ってみたい。もし社長が「まず1店舗で、2週間だけ置いてみよう。売上がこれだけ伸びたら続ける、伸びなければやめる」と、範囲と期間と判断基準を決めて切り出していたら、どうだっただろうか。ブランドが毀損するかどうかを1時間議論するより、2週間後の数字を見るほうが、はるかに早く答えが出る。議論が下手、数字で語らないという問題も、実験の形にすれば自然に解消される。

 

ただし、これだけでは足りない。現場の側には、言われたとおりにやってみても、うまくいかなければ責められるのは自分だ、という意識がある。社長が「失敗しても責めない」と口で言っても、普段のコミュニケーションや評価の仕方がそれと食い違っていれば、現場はそうは受け取らない。だから実験の判断とその結果の責任はトップが引き受け、結果がどうであれ、試したこと自体を評価する。その姿勢を、言葉ではなく行動で示し続ける必要がある。

 

大企業でも、変わるときの順番は同じだ。私が見てきたある老舗企業は、数年前には本当に変われるのかと思うほどの状況だったが、その後の数年で目に見えて変わり、足元の業績も上向いている。トップは10年以上、基本的に同じことを言い続け、古参社員の多くが反対に回る時期にも諦めなかった。一方で、会社全体を一気に変えようとはせず、考えを理解する若手や外部の人材に任せ、屋台骨の事業には最初からは大きく手を入れなかった。そして、一部で出た小さな成果を見逃さず、全社へと広げていった。

 

明日からできること

 

私自身、自分の現場でまだ明確な答えを持っているわけではない。それでも、言うべきことを言い続け、小さく試させ、やったら褒め、結果を一緒に確かめ、ダメなら軌道修正し、成果が出たら「どんどんやれ」と背中を押す。この繰り返ししかないと思っている。

 

現場を動かすのは、指示の正しさではなく、小さな成功体験だ。明日、全部を変えようとするのではなく、ひとつだけ、小さく試す後押しをしてみてほしい。

筆者について

鬼頭孝幸 株式会社ビジネス・プラットフォーム 代表取締役/経営戦略コンサルタント

東京大学卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。ベンチャーの起業・売却を経て、ローランド・ベルガー、デロイト トーマツ コンサルティングなど複数のファームでパートナーを歴任し、独立。約30年にわたり経営コンサルティングに携わり、アパレル、化粧品などの消費財、小売・流通、企業・事業変革、DXの領域を得意とする。現在はコンサルティングとともに、買取専門店など複数の事業を自ら展開する経営者でもある。詳しいプロフィールはこちら。

 

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