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成熟市場こそ、商機がある

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成熟市場こそ、商機がある

成熟市場こそ、商機がある

2026/10/28

ウイスキーの消費量は、1983年をピークに長く減り続けた。2007年には、課税数量で年7万4000キロリットルまで落ち込んだ。誰もが「終わった市場」だと思っていただろう。

 

ところが2009年、サントリーが「ハイボール」を提唱すると、流れが変わった。2024年の課税数量は20万6000キロリットル。底から約2.8倍に戻った。しかもこのハイボールは、サントリーも三度目の挑戦でようやく当たったものだという。

 

市場が成熟しているから伸びない。そう言う経営者は少なくない。先日も、成熟市場で事業を営むある企業の経営陣に向けて、こうした再成長の事例を絡めて話をした。そこで伝えたかったのは、「朝の来ない夜はない」ということだった。

 

先に結論を言えば、成熟市場で伸びないのは、市場のせいではない。過去に成功したやり方が、新しい切り口を試すことを妨げているからだ。そして最初の一歩は、思いついたら小さくやってみて、一度で当たらなくてもやめないことにある。

 

成熟市場から再成長した企業に共通すること

 

「終わった」と思われた市場や商品から、再び成長を取り戻した例は、ハイボールだけではない。富士フイルムのチェキは、年間の販売台数が10万台まで落ち込んだ存亡の危機から、売上1500億円を超える事業になった。オニツカタイガーは、休眠状態のブランドから世界で1300億円を超える売上に育った。傘、メガネ、作業服など、どれも成熟した市場で、伸びている企業がある。

 

事例を並べてみると、共通するヒントが六つ見えてくる。

 

1. 用途は、作り替えられる

 

ワールドパーティーは「傘はファッションだ」を掲げ、日傘やUV対策に力を入れた。チェキは「とるだけじゃない、あげたいから。」と、記録の道具から贈り物へと用途を定義し直した。市場は与えられるものではなく、作るものだ。

 

2. 機能は、証明されて初めて価値になる

 

リカバリーウェアのTENTIALは、医療機器としての認証を得て信頼をつくった。傘も「完全遮光100%」「UVカット率100%」と数字で示す。同じ機能でも、証明の有無で価格が変わる。

 

3. 価値は、顧客の言葉で伝わる

 

JINSは、美容業界で話題になった「中顔面短縮」をメガネに持ち込み、一式単価を前期比12.9%上げながら、販売本数も伸ばした。ワークマンは「猛暑対策」に振り切り、夏物と冬物の売上比率を逆転させようとしている。専門用語ではなく、顧客がすでに使っている言葉で語ることだ。

 

4. 売り方が、ブランドを決める

 

オニツカタイガーは、卸売り中心だった販路を、直営店とECでほぼすべてを売る形に変えた。どこで、いくらで、何をどう売るかが、そのブランドが何であるかを決める。

 

5. 値引かない前提で作れば、値引かずに済む

 

同じくオニツカタイガーは、毎シーズン新商品を繰り出して売れ残りを値引くやり方をやめ、何年も売る前提で商品を育てた。値引きは売り方ではなく、作り方の問題だ。

 

6. 一度で当たらなくても、やめない

 

ハイボールは三度目で当たり、チェキは韓国ドラマをきっかけに海外で火がつくまでに長い年月がかかった。ある老舗アパレル企業も、赤字から業績を立て直すまでに10年以上の時間がかかっている。

 

新しい芽を枯らす「三つの言葉」

 

ではなぜ、多くの会社は再成長できないのか。「過去の成功体験に囚われている」と言われればその通りだが、それではどこから手をつければいいかがわからない。伸び悩む会社の会議を数多く見てきた経験から言えば、原因はもっと具体的なところにある。新しいアイデアが出たとき、必ず誰かが口にする三つの言葉だ。

 

「それ、うちの品質基準を満たせるのか」

 

品質へのこだわりは、多くの老舗の強みだ。ある大手化粧品メーカーも、そのこだわりで信頼を築いてきた。だが既存商品の基準をそのまま当てはめると、冒険的な企画はまず通らない。テレビCMと店頭で一気に勝負してきた会社の基準では、SNSで小さく火をつけてから流通を巻き込む売り方も評価されにくいし、そもそも”やれる人””やったことがある人”がいない。

 

「で、それはいくらになるのか」

 

新しい切り口の商品は、最初の売上がどうしても小さい。既存事業と比べれば、桁がいくつも違う。この問いが最初に来ると、芽が出る前に摘まれてしまう。

 

「前にもやって、ダメだった」

 

これまでの経験は、やる前から「どうせうまくいかない」と言わせる。だがハイボールは三度目で当たった。一度の失敗は、やめる理由にはならない。

 

三つとも、悪意から出る言葉ではない。既存事業を守ってきた、正しい物差しだ。問題は、その物差しを、まだ生まれたばかりの芽に当てていることにある。

 

新しい芽に合う、別の物差しを

 

だから再成長した会社は、既存の物差しで真正面から判断するのではなく、新しい芽のために別の物差しを用意した。

 

オニツカタイガーが典型だ。かつてはアシックスの一部門として、毎シーズン新商品を出し、卸に売り、売れ残れば値引く。本体と同じ物差しで動いていた。それを本体から独立した社内カンパニーにし、外資系ブランドのトップ経験者に任せた。店舗は売り場ではなくブランドを体験する場とし、店舗スタッフにとって売上は二の次とした。商品より先に、評価の物差しを替えたのだ。

 

そこまで大きな改革でなくてもいい。例えば、新商品だけは初年度の売上目標を置かず、リピート率やお客様の声で測る。品質基準は「お客様に迷惑をかけない最低限」に絞って、まず出してみる。そうした別の小さな物差しに替えることが、六つのヒントを実行に移すための前提になる。

 

思いついたら、やってみる

 

先日、東京・葛飾にある北星鉛筆の工場見学に伺った。会長自らが案内してくれ、会社の歴史や、鉛筆の市場が大きく縮む中でどう危機を乗り越えてきたかを話してくれた。鉛筆と同じ芯を使うシャープペン「大人の鉛筆」は、累計100万本を超えるヒットになった。そのほかにも、実に多くのアイデアを試してきたことを、まさに立て板に水のようにお話しされていた。

 

その会長の口ぐせが、「考える。思いついたら、やってみる」だった。縮む市場の真ん中で、理屈より先に手を動かし続けてきた人の言葉だ。素直に、すごいと思った。

 

成熟市場の商機は、市場調査の数字からは見えにくい。大きな市場の中にある、小さな不満や違和感、または消費者ですら気付いていないことが、新たな商品のきっかけとなるからだ。だから完璧な計画を待つより、思いついたアイデアを小さく試し、小さいうちは小さい物差しで測る。そして、一度で当たらなくてもやめない。これが何より大切だ。

 

市場が成熟しているのは、競合も同じ。差がつくのは、試した数である。

筆者について

鬼頭孝幸 株式会社ビジネス・プラットフォーム 代表取締役/経営戦略コンサルタント

東京大学卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。ベンチャーの起業・売却を経て、ローランド・ベルガー、デロイト トーマツ コンサルティングなど複数のファームでパートナーを歴任し、独立。約30年にわたり経営コンサルティングに携わり、アパレル、化粧品などの消費財、小売・流通、企業・事業変革、DXの領域を得意とする。現在はコンサルティングとともに、買取専門店など複数の事業を自ら展開する経営者でもある。詳しいプロフィールはこちら。

 

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